
これ発信すると決めるのも
かなり勇気が必要だったのですが、
とても大切な出来事だし
学びだと思ったのと、
またこれから同じことが起こる人も
いるかもしれないので、
ここに書き残しておこうと思います。
仲間が事件の被害者になりました
ぼくが6年ほど受けている心理学の講座。
そこで一緒に学んでいた仲間が、
先日、とある事件で亡くなりました。
その方を今後、Kさんと呼びます。
講座を開催している講師が
Facebookで教えてくれたのですが、
最初はショックで何も言葉が
出てきませんでした。
「え。。。そんなことある? え。」
そんなコメントをSNSに残しました。
そして翌日。
普通に日常通りに
淡々と仕事しながら過ごしていたのですが、
ふと気がつくと、
Kさんのことが何度も頭に思い浮かびます。
仕事が落ち着いてちょっと息抜きしたとき。
お昼ご飯を食べて気分が良いとき。
湯船にゆったり浸かっているとき。
「昨日は相当ショックだったんだな」
と思いつつ、
またFBで講師の投稿を見て、
心理学仲間の他の人のコメントを読んで、
みんなショックなんだなと思いました。
Kさんのことを思い返してみました。
よく考えてみると、
会っていたのは月1回、
合計10回とかかな。
一緒に8時間のセミナー受けて、
懇親会で喋って、仲良くなって。
でも鮮明に覚えているのは、
講座の体験会で一緒になって、
毎月地方から東京に出てきて
この講座を受けると言っていたこと。
10-FEETが好きで、
京都大作戦(フェス)によく行ってたこと。
自分が経営している会社を、
1〜2年後には甥っ子に
継がせると言っていたこと。
男性経営者なのに気さくで
よく笑ってる姿が似合う、
良い意味で経営者の威厳とかなく
親しみやすい愛されキャラだった。
Kさんが話したこと、
Kさんの表情、
Kさんの魅力。
思い出していたら、
涙が溢れて止まらなくなりました。
悲しい。悲しい。悲しい。
もうあの笑顔が素敵なKさんに2度と会えない。
あんなに素敵な人なのに。
あんなに楽しそうだったのに。
突然いなくなってしまった。
講師の投稿とコメントを読みながら、
Kさんのことを思い出しながら、
パソコンの前でティッシュを目に当てて
泣き続けました。
普段こんなに悲しみを感じることがないので、
自分でもこんなに悲しいのかと、
それくらいKさんを大切な仲間だと
思っていたんだなと気づけました。
自分を表現することは「自分のため」の人生の仕事
今回悲しみ尽くした後に、
とても大切なことに気づきました。
ぼくがKさんと出会ったのは2年前、
一緒に学んでいたのは1年間。
会った回数は10回程度。
でも会った回数とか
期間とか関係なく、
ぼくはKさんが亡くなって
とてもとても悲しかった。
何年振りに泣いたんだろうってくらい
めちゃくちゃ泣いた。
そしてKさんを思い出すと、
音楽フェスが好きな人。
懇親会で飲み語らうのが好きな人。
甥っ子に会社を譲ろうとしている人。
地方から毎月東京に出るほど学ぶ意欲の高い人。
頑張ったことや達成したことよりも、
その人が楽しく話している内容や、
これから先の未来のこと、
自分の人生をさらに良くしたい意欲や姿勢。
そんなことをぼくは
思い出していたことに気づきました。
何を達成したか、じゃないんです。
楽しんでることややりたいこと、
意欲や姿勢を人は聞いて、覚えてます。
ぼくは高校時代に下痢やガスで悩み
笑われたりバカにされるのが怖くて、
「自己開示」をしなくなりました。
自己開示をしなければ
仲良くなることはない。
仲良くなることがなければ
おふざけで笑われることも
バカにされることもない。
自分を守るためにやってたんですね。
それ以降は自分の話よりも
人の役に立てばそれでいいと思って、
自分が何かを話すときは基本的に
これまで学んだ知識や経験を
伝えていることがほとんどでした。
ぼく自身が何をやっているかとか、
何に興味があるかとかは、
聞かれるまで答えることはなかったです。
でもこれが今回の経験を通して、
どうでも良い自分の話が
とても大切なことなんだと思いました。
特に「自分のために」です。
死んでしまったら
自分はみんなの言葉を受け取ったり
感じられたりはできないけど、
ぼくがKさんのことを思い出したように、
些細なことでも自分のことを
相手に話しておくということは、
「みんなに思い出してもらう」
という意味では、
自分のための人生の仕事なのだと思います。
今普通に生きていても、
誰かが自分のことを思い出してくれたら
嬉しいじゃないですか。
ぼくは少なくともそう思いますし、
きっと皆さんもそうだと思います。
だからぼくはこれから、
勇気を出して自己開示をする。
ぼくのYouTubeやブログも基本的に
お腹の不調改善に関する
情報がほとんどです。
ほとんど自己開示をしてこなかった。
ここでも少しずつ
やっていければと思います。
(今回はその第一歩ですね)
有益じゃなくていい。
思い出を共有する。
自己を表現する。
くだらなくていい。
それでも相手の記憶に残って、
思い出してもらえたら、
自分も思い出せたら幸せですよね。
死ぬ間際に後悔しそうなことは
今日からやってしまおう。
自己表現をしていこう。
そう思った今回の出来事でした。
またぼくはどこかで
自分の人生を生きながら
Kさんのことを思い出すでしょう。
PS.
今回の記事は書く以前の段階で
かなり悩みました。
「人の死をブログのネタにするのか!」
と言われそうだし、自分もそう思うし。
でも、何もかもが完璧にうまくいくという、
漫画やアニメの設定のような世界って
現実には存在しません。
人は事故でも事件でも寿命でも死にます。
だからその現実を受け止めて、
それでも前に進む必要があるとぼくは思います。
そしてこうして書くことで、
似たような経験がある方が
その人のことを思い出す
機会になればいいと思いますし、
ぼく自身もこれを書いて、
またブログを読み返したときに
Kさんを思い出せたらいいなと思って、
今回は記事にすることにしました。
皆さんの人生も過去にもこれからも
いろんなことが起きると思いますが、
自分の気持ちを大切に、
乗り越えていきましょう。
ぼくにとってはこれも
自己表現の一つなので、
今回は本当にいろんな面で
とても大切な経験になりました。




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